美味礼讃 (文春文庫) Kindle版, 海老沢泰久 | Amazon

12月の半ばくらいから、夜寝る前に読んでいた本。美味礼讃(びみらいさん)。
Amazonのprime readingなら無料で読める。(もうprime readingの枠からなくなったみたい)

辻調理師専門学校の校長である辻静雄をモデルにした小説で、ノンフィクションとフィクションの間のような作品。
日本のレストランで提供される西洋料理が、本場とは異なる日本独自のものだけだった時代に、本物のフランス料理を知り本物のフランス料理を作れる料理人を育てる学校を作った人のサクセスストーリー。
高度な料理人の作った高級な料理を楽しむことがどんなことなのか、この小説でなんとなくわかったような気がしたし、少しの妥協も許さずにフランス料理という分野の探求を続ける辻静雄の姿勢は、フランス料理以外の分野の専門家にも通ずるものがあった。

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最後の評論家の解説も興味深かった。著者である海老沢泰久の料理の味の表現の仕方が、例えなどは用いず淡々と正確に作り方を描写していることは、解説で読んで初めて気づいた。また、辻静雄が実際に行っていた、フランスの最高峰レストラン「ピラミッド」に1週間通いつめて、昼3時間、夜3時間の食事を毎日行う、という修行を著者も実際に体験しに行っていたという話には驚いた。執筆のための取材に2年もかけているという話もあり、この著者自身も辻静雄のような分野を極めた存在なのだなと感じた。

この本で特に印象の残ったシーンは、第5部で最高のディナーを振る舞った客人の一人に「こんな料理は無用のものだ。誰も食べられやしないんだから。お前は何の役にも立たないことをやっているんだよ。ラーメン屋のオヤジのほうがよっぽど立派さ」と言われるシーン。最後の解説にもとりあげられていた。
本物のフランス料理を追い求めるが、その一方でその本物を楽しめるのはごく限られた僅かな人たちだけ。自分の追い求めていたものに疑問を突きつけられ、葛藤することも、実際の辻静雄にもあったようで、それがとてもリアルだなと感じた。

また、小説自体の終盤の話も印象的だった。辻調理師専門学校で最初にフランス留学した学生が、その後は調理師学校の教員となりテレビ出演もするのだが、テレビ出演を重視しすぎてフランス本場への食べ歩きに参加しなくなり、最新の動向から取り残されていくというもの。分野を極めるというのは一時的なものではなく、常にアップデートし続けて初めて分野を極めた存在になれるのだなと感じた。